「死者の短剣 ー 旅路」ロイス・マクマスター・ビジョルド著

異民族間の相互理解をテーマに歳の差カップルが活躍するファンタジー。全4作の3作目である本作では多彩な登場人物が織りなすドラマと少しづつ明かされいく謎の答えが描かれる。最後まで目が離せない魅力的な作品!

シリーズ3作目の本作、前作同様、深い確執を抱く異なる民族間で、結婚という結びつきを選んだダグとフォーンを中心に話が展開する。

異なる民族というのは、湖の民と地の民。
この2つの民族は、その先祖や生活習慣、体格、能力差から長年、互いに警戒感と不信感に包まれ、深い確執を抱き続けている。 本シリーズでは、この確執をダグとフォーン2人が、地道な努力で少しづつだが解消していく過程が丁寧に描かれている。
この異民族間の相互理解と共存という、今日の国際社会にも共通する難しいテーマが、過不足なく、程よいテンポで描かれているのは、さすがビジョルド

そして2人を中心に話が進行するの今までの2作品と同様なのだが、本作ではそこにとんだお邪魔虫が何匹も飛び込んでくる。
そのうちの1人がフォーンの兄、フィットだ。
今回のフィットはフォーンの兄弟たちの中では私も好感を持っていたキャラクター。彼は、まあ、同じビジョルドのマイルズ・ヴォルコシガンシリーズでの従兄弟のイワンのような役回り、と言えばビジョルドのファンの方には、分かって頂けるのではないか。
ビジョルドの描く主人公は、マイルズや他のシリーズや作品も含めて非常に似通っていて、気が強いが心根の優しい、自立心に溢れた男性・女性。少し生真面目とも言える主人公を中心に話を続けていると、話がワンパターンになりがちだから、時々狂言回しとしてイワンやフィットのような登場人物が必要になってくるのだろう。

今回はそれがとても生きている。狭い農場で、兄弟たちにはさまれて少し馬鹿にされてもいたフィットが、旅に出て「世界」に出会い、視野が広がっていく。
この作品では、初めての旅に舞い上がる彼の興奮と喜びがじわじわこちらにまで浸透してきて、自然に笑いがこみ上げてくる。また彼の視点で作品世界を描写することにより、ダグやフォーンの目から見た世界とはまた別の新鮮な世界が複眼的に描写されている。それがシリーズ3作目ながら、この作品が新鮮に映る感じる理由の一つだろう。

その他にも登場するのは、ダグに惑わされた地の民の少年、たくましい川の民の女性や迷える湖の民の若者たち。それらのお邪魔虫たちがやがて「仲間」になり、理解を深め、互いに手探りで交流を始める。
人と人がわかり合うということが、決して安易ではなく、かと言って悲観的でなく描かれ、他の作品でもそうだが、この作者の健康的な考え方にはいつも励まされる気がする。

これに加え、本作では「基礎作用」という湖の民に特有の能力についての謎も、少しづつ明かされて行く。
事件やフォーンの言葉でダグがそれを明らかにしていく過程は、2つの民族の確執を埋める作業とリンクしていて、とてもスリリングだ。

当初、ロマンス小説かと期待を裏切られた思いをしたファンもいたかもしれないが、本作まで読むと、むしろ2人のロマンスですら、異なる民族間の深い溝をどうやって埋めて行くのかというテーマのための一つの布石にすぎなかったとすら感じてしまう。
ビジョルドのこのシリーズ、次回作が完結編になるということだが、最終巻で「ダグは世界を修理する」ことが可能なのか。
興味は尽きない。

死者の短剣 旅路 上 (創元推理文庫)

死者の短剣 旅路 上 (創元推理文庫)

死者の短剣 旅路 下 (創元推理文庫)

死者の短剣 旅路 下 (創元推理文庫)